西洋美術とりわけ近代から現代にかけての美術の歴史を眺めていると、私にはそれが「まだ見たことのないものを表したい、見てみたい。」という衝動につき動かされた作家たちの足跡に見えてきます。彼らのなかに、自分にしか表現できない世界という目に見えないゴールを目指して描き続ける道程で、ヨーロッパの文化の影響を受けていない世界に、ヒントを求める作家がいました。
その代表選手とも言えるピカソのある時期の絵画には、アフリカの彫刻作品に活路を見いだそうとした、彼の試みを見ることができます。クレーは子どもの絵の世界に触発されて独自のスタイルを確立しました。彼は「芸術の始原は、むしろ民族学博物館か、あるいは自宅の子ども部屋で見つかるものなのです。子どもという事態そのものに、叡智がひそんでいるのです。」と述べています。少し時間は遡りますが、ゴッホは弟に送った手紙の中に、「日本の芸術を研究すると、明らかに知恵者であり哲学者である。しかも才能に溢れた1人の人間に出会う。・・・まるで自らが花であるかのように、自然の中に生きている素朴な日本人が僕らに教えるものこそ真の宗教ではないだろうか?」と浮世絵の画家への尊敬の念を綴っています。
20世紀のフランスの画家、ジャン・デビュッフェが強い影響を受けたのは知的障がいや精神障がいの人たちの芸術でした。彼は病院や施設で行われた治療や訓練の残骸として埋もれていた絵に注目しました。そして正規の美術教育を受けていない彼らの作品を、西洋美術の常識に囚われない生き生きとした芸術という賞賛の気持ちを込めて「生の芸術=アール・ブリュット」と呼びました。
アール・ブリュットの芸術に影響を受けたのは、ジャン・デビュッフェだけではありません。彼らは自分の価値観とは違う価値観を受け入れることで、自分自身の限界を乗り越えていったのです。芸術家にとってアール・ブリュットとは、このような多様性を取り込むために必要なパートナーだったのだと思います。
ジャン・デビュッフェが収集した膨大な数の作品がスイスのローザンヌにある美術館「アール・ブリュット・コレクション」収蔵されています。この「アール・ブリュット・コレクション」で2008年に開催された企画展に喜舎場盛也が、翌年フランスのパリ市立アル・サンピエール美術館における「アール・ブリュット・ジャポネ展」に上里浩也、佐久田祐一、狩俣明宏の作品が紹介されました。彼らと新たに見いだした沖縄のアール・ブリュットを紹介する「アートキャンプ2013展~素朴の大砲~」が9月12日から23日まで浦添市美術館で開催されます。作品を収録した図録には、真喜志勉氏が入院中の青年たちに絵画を教えた体験を光源として、彼らの切実でかけがえのないアートの世界を浮かび上がらせた文章を寄せていただきました。
作家一人ひとりの作品が発信する世界を多くの方が体験されるのを願っております。
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